“文学少女”と死にたがりの道化

★あらすじ
 中学三年生のときに「天才覆面美少女作家『井上ミウ』」としてマスコミに持ち上げられた過去を持つ井上心葉(男)は、今は高校の文芸部に所属している。文芸部には部長の天野遠子と二人だけ。天野は人が食べるものを食べても味がわからないが、書かれたものを食べてその味を味わうことができる「妖怪」。直筆の恋愛物語を求めていた天野のもとに竹田千愛がラブレターの代筆を頼みに来る。無理矢理代筆を任された井上は、竹田の恋の相手である片岡の名前が高校の名簿にないことを知る。片岡は自殺していた。竹田は片岡の遺書が太宰治人間失格』に挟まれていたと言う。片岡や太宰の気持ちがまったくわからないと言っていた竹田だったが、果たして、井上が『人間失格』に挟まれていたのを見つけた手紙は、竹田自身が書いた遺書だった。井上の脳裏にはかつて投身自殺をした幼馴染の美羽の姿が浮かんでいた。同じことはもう繰り返したくない。井上と遠野は屋上から飛び降りようとする竹田をそれぞれのやりかたで止める。

★特徴
 なんといっても、本文の三分の一くらいを占める『人間失格』へのパロディー(作中では、当初は意味不明な挿入、途中から片岡の遺書であると思わせておいて、実は竹田自身の遺書だった、というように、読み進めるにしたがって意味が変わる)が特異だろう。加えて、「元ベストセラー作家」でありながらその過去を封印しているという設定や、書かれたものを食べる遠野の設定、井上が本性を隠していることを嫌悪している(あるいはその実、井上に惹かれているようにもみえる)琴吹というキャラクターの設定など、伏線めいた設定がちらちらと置かれているのが気になる。

★感想
 推理小説としては意外でありながら筋の通った展開で、かつそこにコミュニケーションにおける演技の問題が織り込まれていて、そこだけ考えると非常に面白かった。残念なのは、伏線めいた設定だらけで、それが活かしきられないまま続編を待たなければならず、しかもそれが活かしきられる保障もないところ。かつ、演技をしていると本当の自分じゃない、とか、本当の自分は他人を思い遣れないだとか、それ自体としては悲しむのにあまり深刻さが足りないような気がする。才能に嫉妬したり、子供が出来たり、友人が死んでしまったりと、それなりに深刻さに説得力を持たせようとする出来事はあるけれど、どうもとってつけたような印象が拭えない。
 ただし、遠野のキャラクター造型や、琴吹のストーリーの大筋に関わってこないながら、一番重要な「井上の欺瞞性」を暴露かつ肯定しそうでしない立ち位置は卓越していると思った。クライマックスで、井上が言葉足らずに、大して親しくもない竹田の死を止めようとして、また遠野が雄弁に太宰作品の死へとは向かわない作品群の存在を希望として提示する、これをどちらか片方ではなくて併せて描くのがとてもよかった、と思った。